ほんまにな、桜って残酷やと思わへん?
満開でめちゃくちゃきれいやってんけど、一晩で暴風雨がきてな。「あ、これ終わったわ」思たんよ。朝起きて窓の外見たら、地面に花びらが絨毯みたいに敷き詰められてるやん。
…なのに。なのにやで?
木を見上げたら、まだ桜咲いとるんよ。雨に濡れて、ちょっとしおれた感じやけど、それでもちゃんと花がついとる。「お前、めっちゃしぶといな」って思わず言いそうになったわ。
そんでうち、なんか胸が熱くなってしもてん。これ、ただの桜の話やないと思う。今日はそんな話、聞いてもらえる?
嵐のあとに立っとる桜の、めちゃくちゃかっこいい話
昨夜の風雨、ほんまにすごかったやん。春の嵐ってやつで、傘なんか役に立たんレベルやったわ。
あんな日に夜勤明けで帰るうち、もう悲惨。「これが看護師の日常や」と自分に言い聞かせながら、びしょ濡れで帰宅したわけやけど、次の日の朝。
職場近くの公園を通ったとき、思わず足が止まってしもたんよ。
地面には花びらがいっぱい落ちてる。「ああ、もう散ったんやな」って少し寂しい気持ちになりながら木を見上げたら——まだ咲いとるやん!!
いや、全部じゃないで?でもな、あれだけの暴風雨に耐えて、それでもしっかり花を残してる木が何本もあったんよ。なんかもう、ちょっと感動してしもた。
さわちん桜よ、お前ほんまにしぶとい!褒めとるんやで?
散らずに残っとる桜を見て、なんか「生命力」ってこういうことやな、って思てしもたんよ。嵐に全部やられへんかった。折れへんかった。それだけで、なんかものすごくカッコいいやん。
入院中の患者さんの「退院したい!!」がすごかった件
でな、この桜の話を見てて、ふと思い出した患者さんがおるんよ。
入院してはって、桜が満開のタイミングでベッドの上にいてはったんやけど、もうその「退院したい」オーラが半端なかってん。
「さわちんさん、桜が散る前に絶対退院する!」
って、毎日のようにおっしゃるんよ。リハビリも超頑張ってはって、測定値を見るたびにうちらが「えっ、もうここまで回復したん!?」ってびっくりするくらい。



「桜が散る前に退院」って目標、めちゃくちゃ具体的やんか!そのモチベーション、うちが欲しいわ!
患者さんって、「目標」があるとほんまに回復が違うんよ。これ、看護師として何人も見てきてん。
「孫の運動会に行きたい」「娘の結婚式に出たい」「家の桜を自分で見に行きたい」——そういう具体的な「行きたい場所」「見たいもの」「会いたい人」がある人って、回復のスピードが違うんよな。
医学的な根拠はうちには分からんけど、15年看護師やっとるうちの肌感覚として、ほんまそう思う。「生きる理由」みたいなやつが、人間の回復力を引き出すんちゃうかな。
でも嵐が来てしもた…患者さんの複雑な表情
そんで昨日、あの暴風雨があったやん。
次の日の朝、その患者さんの顔を見たら——なんか、ちょっと複雑な表情してはったんよ。
「嵐で桜、散ってしもたかな…」って、小さな声でつぶやいてはって。
うちは「まだ咲いてましたよ!」って笑顔で言ったんやけど、その後ひとりになって考えてしもてんよ。
桜を目標にして頑張ってきた患者さんにとって、嵐で桜が散るかもしれないって、どれだけ不安やったんやろ、って。でも散ってなかった。しぶとく残ってた。



なんか、桜が患者さんのために頑張ってくれたみたいで、うち、ちょっと泣きそうになったわ。(看護師こんなんでええんか)
看護師あるある:患者さんのモチベーションを全力でのっかる仕事
看護師の仕事って、点滴したり、バイタル測ったり、記録したり、っていう技術的なことだけやないんよ。
患者さんの気持ちに「のっかる」のも、うちらの大事な仕事やと思とる。
「退院したい!」って思う気持ちを、「そうや!絶対退院できる!」って一緒に盛り上がること。「桜が見たい」っていう夢を、「絶対見れるよ!一緒に頑張ろう」って応援すること。
これって、なんか恥ずかしい感じがする人もおるかもしれんけど、うちは絶対大事やと思とるんよ。
医療的な処置は医師や薬剤師や理学療法士の先生たちと連携してやるけど、患者さんの「心」に一番近いところにいるのが、毎日顔を見て話しかける看護師なんよね。だから、その人の目標とか夢とか、ちゃんと聞いて、一緒に喜んで、一緒に悔しがって——それが、うちにできる大事なケアやと思とる。



「患者さんの夢のっかり師」って肩書き、名札に入れたい。入れへんけど。
アラフォー看護師が学んだこと:しんどい時こそ「目標」を持つこと
これ、患者さんだけやなくて、うちら自身も一緒やと思う。
しんどい夜勤が続くとき。なんか仕事がうまくいかんとき。プライベートがしんどいとき。
そんな時って「あれが食べたい」「あそこに行きたい」「あの映画見たい」みたいな、小さくてもいいから「楽しみ」を前に置いておくと、なんとか乗り越えられるんよね。
患者さんの「桜が見たい」も、うちの「夜勤終わりのコンビニスイーツ」も、本質的には同じやと思う。前に向かうための、小さな灯台みたいなもんや。
嵐に散らずに残った桜は、そのことを教えてくれてるんちゃうかな、ってうちは思うんよ。
まとめ:嵐のあとに残るもの
嵐が来たら、全部散ってしまうかもしれん。でも全部じゃないかもしれん。
暴風雨の後に立ってる桜は、「しぶとく生きることの美しさ」を教えてくれる。そして、「絶対に退院して桜を見るんや!」って頑張った患者さんは、うちに「目標を持つことの力」を教えてくれた。
人間も、桜も、ちゃんと嵐を乗り越えて、また輝けるんや。
なんかね、看護師って、病気を治す仕事やと思われがちやけど、うちはこういう「人の強さ」を毎日見せてもろてる仕事やと思とるんよ。それがほんまにありがたいし、しんどい日もあるけど、やっぱりやめられへんなぁって思う。
みんなも、なんかしんどいことあったら、「嵐の後の桜」思い出してな。絶対に全部は散らへんから。
ほなまた次もよろしゅうな!🌸










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